2008年01月17日

震災(阪神淡路)から十三年


 災(阪神淡路)から
  十三年!?

  もうそんなに経つのか?と感じるのは私だけではないでしょう。
未だ、神戸に行くと、空き地や空室率の高いオフィスビルが目立ち、十三年どころか、まさに『未だその時』を感じます。
 さて、久しぶりにゆっくりした正月休みは、ツタヤでDVDを漁り、たまたま、2006年公開『日本沈没』(TBS)の隣りに、旧作の同タイトルを発見したので、思わず借りてしまった。
1973年公開の映画『日本沈没』(東宝)は、翌年放送されるTVドラマの方が印象が深かったので、今まで興味が無かった。
この34年も前の大地震ディザスタ映画からは、あらためて考えさせられることが多い。
 特に、被害予測の描写は「大規模火災への対応の障害として、アクセス(道路)の問題、消火用水の確保、消火方法論」更に「広域災害時の知事の所作(他県への協力要請、自衛隊への要請…)」等、全て、現災害時の問題を、驚くほど精密に予見している。
 1923年(大正12年)死者・行方不明者、十万五千を超える被害を齎した『関東大震災』から50年ということもあったのだろう、戦後、形振り構わず経済成長に邁進する地震列島日本への警告だった … はず?
 今後、30~50年間に、M8級の地震は数回発生するであろうと予測されている現在、30年前に予見されていた問題の殆どは解決されていない実状甚だ情けない。

 日本の終焉を予見してしまったことの責任と孤独感に苛まれながらも、一人でも多くの日本人を救おうとする、田所博士や山本首相(丹波哲郎)、渡老人は、残念ながら此処には存在しない…
 田所雄介博士(小林桂樹)は、渡老人(島田正吾)との対談で「科学者に一番大事なことは何か?」と問われ「直感」と答え、また、中田一成(二谷英明)に「未曾有の事態に何故、予見を確信できるのか?」との問いに「直感とイマジネーション」と答えるシーンがある。

 積み重ねた論理と経験から湧き出る
  『直感』
 事象を俯瞰する
  『イマジネーション』

 我々の、これまで培ってきた『直感』と『イマジネーション』は退化してしまったのだろうか?
渡老人との会談






  

Posted by Isao Sakata  at 17:27Comments(0)TrackBack(0)随想録